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トントン…と木をつついて驚いて出てきた虫を食べる啄木鳥(キツツキ)のように、
奇襲部隊が敵を本陣から追い出し、逃げ出してきたところを主力部隊が叩く。
これが、武田信玄が永禄4年(1561)の川中島の戦いで用いた「啄木鳥戦法」である。しかし敵は、軍略神の如しと恐れられる上杉謙信。武田の戦法を看破するや、奇襲を受ける前に、逆に武田本陣を奇襲してしまう。
激闘が繰り広げられたのち上杉軍は撤退したが、武田勢は、軍師・山本勘助ら、名だたる勇将が討死する大損害を受けてしまった。
ちなみに、この合戦は真田幸村が生まれる5年前の出来事であり、幸村の祖父(幸隆)や父(昌幸)が参戦していたようだ。 |
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