「豆っこ陰陽師さん」の投稿より
「はぁ、はぁ、はぁ…」
どこをどう走ってきたのか、自分でも覚えていない。
逃げるのに必死だった。死ぬのが恐かった。
「『ヤツ』だ!『ヤツ』が来たぞ!!」
豪傑は多い。しかし、この戦国の世で「ヤツ」の名だけは特別な意味を持つ。
敵は勿論の事、味方からも忌諱される程の圧倒的な強さを誇る「ヤツ」。
ある者は怯え、ある者は武者震いした。
突出した「ヤツ」の徒党を包囲したのは私達の筈だった。
しかし、満天のきら星の如く犇いていた味方は「ヤツ」という暗黒星に飲み込まれ、
今では見る影もない。
瞬く間に味方は蹴散らされ、後方との連絡を絶たれ、各個撃破され…戦線は崩壊した。
「ヤツ」は普通じゃない。「ヤツ」は特別なんだ。
分かりきっている筈なのに…悔しい。
瀕死の私に「ヤツ」の刃が迫った時、鍛冶屋のオヤジが私を庇って斃れた。
普段は寡黙で無愛想、頑固一徹と三拍子揃った堅物のオヤジが
、この時だけはニヤリと笑った。「ネエちゃんは生きろや」
涙を拭い、手にした杖を握り締める。強くなりたい。いや、なってやる。
そしていつの日か、この小牧山で再び「ヤツ」と戦うのだ。
オヤジの作ってくれた杖に、私は誓った。 |