10月4日 セビリアにて――
さあ、僕の今回の旅に
結末を与える時間が、ついに来た。

各地の酒場に出入りしていた、百戦錬磨の航海者たちの
英雄譚は、それはもう千差万別にして唯一無二。
僕のような一介の吟遊詩人では想像もできないような、
素晴らしい経験をしていた。
めまぐるしく変わる情景、息をつく間もないような展開。
僕を上回るような彼らの語り口に、
僕自身が引き込まれてしまった。
航海者に着眼してよかったと思う。
彼らのことは連綿と詠いつづけていかなければ
ならないのだ。
僕らは、ただ漫然と彼らの作る新たな世界に
乗っかっているだけではいけないのだ。

彼らを詩にし、末の世の輪廻の軌道に乗せるべく。
彼らの生きた証を、そして僕が彼らと在った証を。
僕の一世一代の大仕事になるだろう。

不安はぬぐえなかった。

だが、僕には二人の妖精が味方だ。
彼女たちは人々の不安や悲しみ
を消し、気持ちを奮い起こさせるなにかを持っている。
彼女たちの優しい雰囲気に包まれて、僕は詠った。
力の限り詠った。精一杯の気持ちと、感謝を込めて。




彼らの心に届いたか、僕にはわからない。
ただ、あのときみんなからもらった惜しみない拍手と、酌み交わした喜びの酒の味で、
僕は自然で幸福な感謝の気持ちでいっぱいになった。
…それで充分なのかもしれない。

彼らもまた波間をたゆたう。彼らの目的地はまだまだ遠いからだ。
僕も、風に流されていろいろなものを見よう。
僕の目的地もまだまだ遠いから。

風の向くままに旅をしてみよう。
今度は何処の街に着くだろう…





――そう、あのとき発表しなかった、お蔵入りの詩が一曲あるんだ。

戦いの詩――。僕の父を彷彿をさせてしまって、みんなには発表できなかった。
僕の父は、かつて騎士だったらしい。
今なにをしているのか、もしかしたら死んでしまっているのかもしれない。
僕の旅は、吟遊詩人としての旅でもあり、また彼の足跡を追う旅でもあるんだ。
もし彼が生きていて、僕を受け止めてくれるのなら――。
この詩を、贈ろうと思う。

風の強い夕闇の中 彼らは誓った
「終わりない 旅になろうとも 海に出るは 生まれ出た運命」
固く握り合った拳に 落ちる涙は 
別れの悲しみではなく 再会への希望

手にした不確かな地図 書き足される真実
この目で見て この耳で聞く
お前も同じものを見てきたのか――

どんなに困難でも けして負けはしない
強い向かい風も 荒れ狂う高波も
お前も同じものを越えたはずだから――

立ちはだかる戦艦 うなる砲台
乗り込む戦士たち 響く剣戟
生きるか死ぬかの 極限の戦い

傷だらけの船 傷ついた戦士たち
今生きている感謝と 声にならない叫び
「波よ答えてくれ 世界の果てに 俺の求めるものはあるのか――」

夜明けと共に 東に船影 
見紛う事はない 懐かしい旗印
「波よ答えてくれ 俺はこの日のために生き延びたのだろう――」

――お話は 終わらない 栄光を求め海に挑む 
時代の申し子たちの物語――


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