太史慈

太史慈

た い し じ

字:

子義

し ぎ
169年〜209年
母の恩返しのため、黄巾残党に包囲された孔融を助け、劉備から援軍を取り付けた。その後、劉繇に仕え、江東に進出した孫策と激闘を演じる。最後まで抵抗するが捕らえられ、劉繇の残兵を率いて孫策に帰順した。赤壁の戦いの翌年、合肥[ガッピ]を攻めて張遼と互角に渡り合う。合肥城内の戈定[カテイ]らと内通の手はずを取って攻め込むが、張遼に見破られて負傷。その傷がもとで死亡した。