車はとても趣のあるたたずまいの洋館の前で停まった。
なんとか文化財って感じの、古めかしくて美しい建物。
入り口の表記を見る限りだと、どうやらゲストハウス――つまり迎賓館みたい。そんなものがある学校なんて初めて聞いたよ。
リヒャルトは、先に車から降りると、あたし側のドアを開けて恭しく手を差し伸べてきた。
これまでの経緯を考えると、正直ちょっと身構えちゃうんだけど…。
かといって、あからさまに拒絶するのもなんだかなって気もする。
なるべく不安を気取られないようにしながら手を取り、車から降りる。
うん、特になにかしてくるわけでもない。
これは、本当に危害を加える気はないのかも…。
だとしたら、あたしはなんのためにここに連れてこられたんだろう?
サッカーボールを小脇に抱えた男の子が向こうから駆けてきた。
リヒャルトと親しげに話しだす。
リヒャルトの注意なんて聞いてない風に、くりくりしたネコ目が、遠慮なくあたしのことを眺めてくる。
いかにも興味津々です!って感じ。
あれ、この人ひょっとしてどこかで…。
名前を聞いて、記憶のピントが合う。
そうだ、この人、モデルのエミリオだ!
雑誌とかCMに引っ張りだこで顔を見ない日はないくらい。
もっと大人びたイメージがあったからちょっとわからなかったけど…年相応っていうか、普段はこんな感じなんだ。
くしゃっとした笑顔はまるでネコみたいで。
初対面の男の子に対してこんなこと思うのもなんなんだけど、すごくかわいい。
よーく見てろよ、と右手をもう片方の手で指す。
すると、ぽんっ。
手のひらに、銀紙に包まれたチョコレートが1粒出現。手品だ!
驚いたあたしのリアクションに、得意げにして。
ぽいっ、と軽く投げてよこす。
落とさないように両手でキャッチ。
銀紙には“Bacio”って単語がプリントしてある。
まるで誘いかけるようにほほえむ瞳の光がゆらめいて。ふいにどきっとしてしまう。
わ…声にトゲがある。いい加減にしろ、というニュアンスが言外にこめられているのがよーく伝わってくる。
う、こっちはこっちで受け流した。肝がすわってるなあ…。
でもリヒャルトがことさらに腹を立てる様子もないし。このふたり、けっこう仲がいいのかもしれない。
うながされてリヒャルトと歩き出す。
~~この人やっぱり取り付く島がないなあ…嫌われてる感じはあんまりしないんだけど。
あたしとムダ口きいたらダメって決まりでもあるの? って思っちゃう。
――って、あれ?
気づけばエミリオがしれっとくっついてきてて。
振り返ったあたしににっこり。
これはさっきの…口説きモードスマイル。
…こっちはこっちで、うかつに口をきけない…かも。
あたしは、こっそり、こっそり肩を落とした。
リヒャルトにしたがってゲストハウス内へ入ると、ギリシャの神殿かなにかかと思うくらい壮麗。
うっかりどこかにキズをつけてしまわないように。ちょっと身を硬くする。
リヒャルトはまどうことなく2階へ上がっていき、ある一室の前で止まった。
深いあめ色の扉が、いかにも中にボスを隠していそうな雰囲気。
コンコンコン。
先にリヒャルトが。そのあとうながされて、あたしも部屋の中に入る。