于禁
龐徳

う き ん

于禁

字:

ぶんそく

文則

ほうとく

龐徳

字:

れいめい

令明

敗者の選択
勝者:龐徳

于禁は関羽に降伏し命乞いするが、龐徳は降伏を拒否して処刑される。忠義を貫いた龐徳の勝利。のちに呉が荊州を占領とすると解放されて魏に戻った于禁は、曹操の墓に描かれた自分が関羽に命乞いする姿を見て惨めさから病気になり死んだ。

関羽に攻められた樊城の救援に向かった于禁と龐徳。関羽の水攻めに破れ捕虜となった時、2人は異なる選択をする。どちらの選択が正しかったのか?
対決!
于禁
?年〜221年
曹操が張繍に敗れた時、夏侯惇配下の青州兵が略奪を働き、これを鎮圧したことで曹操から激賛される。官渡の戦いでは後詰、赤壁の戦いでは水軍都督となる。樊城[ハンジョウ]が関羽に包囲された時、龐徳と共に救援に向かう。
龐徳
?年〜219年
馬騰が曹操に暗殺されると、馬超に従い復讐戦を挑む。馬超と韓遂が仲違いして敗北すると、馬超、馬岱と共に漢中の張魯を頼る。馬超らが劉備に降った後も張魯の下に残り、漢中へ攻め寄せた曹操軍と抗戦。勇猛を称えられ、戦後、曹操に重用された。樊城[ハンジョウ]が関羽に包囲されると、于禁と共に救援に向かう。