ラブφサミット
  カプリチオ・ビフォア・クリスマス  
 
ここは、シエルテール学園。世界中から名門の子女が集う一貫教育校。
あなたは、とつぜんこの学園の高等部に転校させられてしまいます。
そして、6人の有名な少年たちと出会い、波乱の学園生活を過ごすことになり――。
そんな彼らとあなた。
これは、クリスマスを前に繰り広げられるお話です。


 *  *  *
(スケートリンク)
Side Jean-marie
銀盤に、隼――もとい、アリョーシャが舞っている。
そのステップで氷上のキャンバスに情熱の軌跡を描きながら。
アリョーシャというのは、アレクセイの愛称で、僕は彼をそう呼んでいる。
逆に、彼は僕のことをファーストネームのジャン=マリーではなく、ミドルネームの瑠佳で呼ぶ。
彼と僕は大切な親友同士なんだ。

アリョーシャの舞は、切なく、けれど大地のように力強く。
彼の大きく、鍛えられた身体がしなやかに動く。
そこから生み出される美が、見る者を魅了する。
…と言っても、今、観客は僕しかいないのだけれど。
だからここは、とても贅沢な空間なんだ。

アリョーシャのプログラムはいよいよ佳境に入る。
左右両回りのスピンから、一度跳ねて回るフライングキャメルスピン。
そこから腰を下ろしてシットスピン、だんだん姿勢を高くしていって回転速度を増し――フィニッシュ!
自在に滑空する隼が浮かんでくるような、見事なスピンのパレードだ。

「美しかったよ、アリョーシャ」


リンクサイドにすべりよってきた親友を、僕は拍手で出迎えた。
「…そうか」
アリョーシャはちら、と目で返事をすると、リンクサイドのドリンクボトルを取り上げて、のどを潤した。
そして静かに目を閉じ、呼吸を整えている。
僕の親友はとても寡黙だ。けれど――。
アレクセイ
「瑠佳。イメージは膨らんだだろうか」
「ああ、ありがとう。これからクロッキーに起こしてみるよ」
「そうか。よかった」
決して冷たくなどなく、じんわりにじみ出るようなあたたかさを持っている。
実は、さっきアリョーシャが演技してくれたのは、僕一人だけのため。
彼の衣装を作り出すにあたって、演技から着想を得たいといったら、快く一曲通しでやってくれたんだ。
僕は服飾デザイナーの卵。 趣味と実益を兼ねながら、デザインの勉強をしている。
アリョーシャはそんな僕の心強い理解者。
まだ無名の僕の腕とセンスを信じて、衣装を任せてくれる。
僕のミューズのことも、疑わず認めてくれた。

僕のミューズ――“鷹の姫”と呼ばれている、彼女。僕の運命の女神、ジャンヌ。
彼女がこのシエルテール学園にやってきたその日、僕は彼女に恋をした。
あの日彼女は一見強面な僕の親友にぶつかった。
女の子から見たら怖いと感じるだろうに、果敢に対峙して。
僕は、そこに、たとえようもない強さと儚さを垣間見た気がした。
たったそれだけなのに、無限の予感があらゆる色をこの胸いっぱいに広げて。
自分でも信じられないほど、とろけるような甘い想いに揺さぶられた。
「瑠佳?」
「ああ、ごめん」
ジャンヌを想うあまり、魂まで彼女のもとへはせ参じていたらしい。

「どこまでも自由な空の青に、時折見え隠れする悲哀の紫。
表情によってそのどちらにも見えるような、青紫を基調にした衣装にしようと思う」
青紫はアリョーシャの象徴色。孤高で、高雅で。
彼自身を表す色としても、ふさわしいと思う。

「それで、星のきらめき、太陽の輝きを象徴するとりどりのビジューをちりばめるよ」
派手すぎず、シンプルな中に確かな輝きがある。
僕のイメージが伝わったのか、アリョーシャはかすかに微笑んで、小さくうなずいた。
アレクセイ
「ああ、いいと思う」
「よかった。じゃあ、これからアトリエに戻って――」
デザインを練るよ。そう、言おうとしたとき。
リンクから外の通路へつながる出入り口に、人の気配がした。

 *  *  *

Side Aleksei
瑠佳――ジャン=マリーのミドルネームで、俺は親友をそう呼んでいる――が、
言葉を切って、リンクの出入り口に視線を向けた。
その先を追うと、リヒャルトが入ってきたところだった。

学園内で優等生と名高い彼は、怜悧な切れ長の目に眼鏡をかけ、正しい姿勢ですっと歩いてくる。
その容姿からして優等生然としている。
だがしかし、スケートリンクへの来客としては、珍しいことこの上なかった。
彼は“優等生”の偏見にたがわず、あまり運動を好んでいないようだから。

瑠佳もそう思ったのか、軽く目を見開いて瞬きしていた。
「僕たちに何か用かな」
「心当たりはないな」
「ああ、僕もない」
だとすれば一体?
リヒャルト
「こんにちは。アレクセイさん、ジャン=マリーさん」
「やあ、リヒャルト」
「どうした?」
瑠佳と俺の間にあった空気を察したのか、リヒャルトは一度指先で眼鏡を押し上げた。
「意外そうな表情をなさっていますね。私がリンクにいたらおかしいですか?」
「おかしくはないけれど、珍しいことは間違いないだろう?」
「まあ、それは否定しません。
ですが、私にも身体を動かしたくなるときくらいありますよ」
「俺たちに用事というわけでなく、スケートをしに来たのか」
問い返すと、リヒャルトはもう一度眼鏡を押し上げた。
「ええ、そうです。練習中のようでしたので、一言お断りをと思いまして。お邪魔しても?」
「ああ、かまわない」
「ありがとうございます。では、のちほど」
リヒャルトは、姿勢よく会釈したかと思うと、更衣室の方へと歩いていった。
運動用のウェアに着替えるつもりなんだろう。
「心のもやを晴らしにきた、というところかな」
小さく笑って瑠佳が言った。 リヒャルトの実家は高級車ブランドのオーナー一族。
学生ながら、その一員としての役割を期待され、父兄の名代を言いつけられることがある。
それも、年長者の言うことが絶対の家らしく、
大抵の場合、リヒャルトの都合は二の次になっているようだった。
(家を大切に思う気持ち、わからなくもない)
俺も、父に逆らうことにはためらいがある。
血縁という、断ち切ろうとしても断ち切れない縁がそうさせていた。
実家の跡取りとしての立場、跡取りではなくフィギュアスケーターの道を歩みたい本心。
それを思い出し、複雑な心境になりながらリヒャルトのあとを見送る。
(彼女のように、無邪気になれたら――)
脳裏に“鷹の姫”の笑顔が浮かぶ。
彼女は、たまにリンクに訪れては、心から純粋に銀盤を舞う。
実際には、舞うというにはたどたどしいが、そう表現したくなるほど、楽しそうに。
かつての俺は、そうではなかったか。
遠い日の記憶に思いをはせ、憂うような思いに目を細めていると。
「アリョーシャ」
ふと視線を感じて、そちらを向く。
すると、視線の主――瑠佳が、いたずらっぽく笑った。
ジャン=マリー
「ふふ、いいことを思いついたよ」

Side Richard
更衣室で着替えてリンクに戻ると、
リンクサイドから微笑みをたたえたジャン=マリーが近づいてきた。
「ああ、もうお帰りですか…?」
問いながら、なにかがおかしいと思った。
ただ帰るのならば、普通に声をかければいいだけのはずだ。
それに、この微笑…なんだ?
ジャン=マリー
「君の滑り、少し見せてもらってもかまわないかな?」
「? ええ、かまいませんが…」
「ありがとう」
微笑みのまま表情を変えず一言礼を告げると、ジャン=マリーはもといた場所へ戻っていき。
休憩中のアレクセイの隣の席に腰を下ろした。
俺の思いすごしか…?
(ジャン=マリーが変わっているのはいつものことだが…)
自由で気ままで、言動が独特。
なにを考えているのか読めないところがある。
にもかかわらず、不思議と周囲に調和できているあたり、本当に食えない。
(まあ、いい。特になにかしてくるわけではなさそうだ)
俺は思い直すとリンクサイドでスケート靴に履き替え、リンクへと滑り出した。
久しぶりの銀盤。
以前滑ったときの感覚を思い起こしながら、氷を削るエッジに乗り、進んでいく。
視界の端に人気のない客席が流れ、正面にはどこまでも白いリンクだけ。
そのなにもなさが、自分を無心にさせてくれる。
(だからだろうか、アレクセイがスケートを離れられないのは)
詳細な事情や心境を本人から聞いたわけではない。
ただ、なんとなく、これまでの彼を見てきて、そう思うだけだが。
シエルテール学園は、幼稚舎から大学院まである一貫教育校。
入学したタイミングは異なれど、ロトφ(ファイ)――
ロイ、ウィリアム、エミリオ、アレクセイ、ジャン=マリー、
そして俺を含めた6人の通称――の面々は数年来の付き合いだ。
親友とまではいかずとも、察せられるものがある。
(まあ、俺には関係ないことだがな)
あいつはあいつ、俺は俺。同情すべきなにものもない。
なぜなら、あいつは、なにもせずとも家督が手に入るのに、それを放棄しようとしている。
(俺は、どうあがいても手に入らないのに)
リンクを半周したところで、180度回転、バックスケーティング。
ステップやジャンプなど高度な技能は得ていないが、氷上で不自由しない程度には滑れる。
スケートだけじゃない。
上の兄ふたりよりも優れた人間になるために、俺は全てにおいて最上を目指す。
己の能力を信じているからこそ、決して埋もれたくなどない。
(俺を見くびるな)
白く息を吐き出しながら、兄の顔を思い浮かべる。
今日もまた、当たり前のように命令を下された。依頼ではない。命令。
(このままで終わってたまるか)
己が活躍する足がかりにする。
そのためにも、“鷹の姫”を手に入れてみせる。必ずだ。
愛や恋などといった感情はなく、ただそれだけで――。
(俺は、なにを言い訳めいたことを……)
リンクを一周して戻ると、ジャン=マリーが拍手で俺を出迎えた。
「上手いんだね、リヒャルト」
「いいえ、この程度、どうということはありません」
アレクセイ
「いや、綺麗にエッジに乗っていたと思う」
本物と比べたら、大したことなかろうに。思ったが、黙って受けておくことにした。
「…そうですか、ありがとうございます」
「ところで、リヒャルト。アリョーシャと競演してみる気はない?」
「競演、ですか?」
問い返した俺に、ジャン=マリーは満面の笑顔で是と答えた。
俺の胸中に、いやな予感が再来した。激烈に。

 *  *  *
(正面前広場)
冬休み前、最後の登校日。クリスマスまでもうすぐ。
終業式を終えたあたしは、シンシアと下校中。
「終わったねー」
わくわくして、自然と顔がほころんでしまう。
長いお休みに入るときはなんとも言えない解放感がある。
何度経験しても、楽しみになれることはなくて。
我ながらお手軽だなって思うけど、なんだか得した気分。
シンシア
「そうね、あっという間だったわね」
「でも、みんなと会えなくなるのはさみしいなあ」
お休みはうれしいけど、きっと、終わる頃には学校に来たくなってる。
勉強は大変だけど、学校でみんなと過ごすのは、やっぱり楽しいから。
「そうね…じゃあ、よかったら、これからうちに来ない?
少し早いけれど、ふたりでクリスマスをお祝いしましょう」
思いがけない誘いで、喜びがぱあっと胸に広がる。
「うん、楽しそう!」
「ふふっ」
シンシアとあたしは、お互いの目を見て微笑んだ。
ウィリアム
「こんにちは。楽しそうだね」
「ロイ、ウィル先輩。こんにちは」
「よう」
「ごきげんよう」
ロイとウィル先輩があたしたちに追いついてきた。
「これからクリスマス・パーティをしようかって話してたんです」
「そう、よかったね」
ウィル先輩はにこやかにそう言ってくれた。
あたしたちを見守るような、優しいまなざしがうれしい。
一方のロイは。
ロイ
「女ふたりでか」
からかうように、にやっと口の端を引き上げる。
ちょっとむっときていると。
「仲間に入れてほしいなら素直にそう言えば?」
シンシアが切り返した。さすがシンシア、強い!
「別にそんなこと言ってねえだろ」
「あら、そうとしか聞こえなかったんだもの」
「お前な…」
「まあまあ、ふたりとも」
ロイとシンシアの会話にウィル先輩が割って入って、やんわりと止める。
そして、にっこり一言。
「ケンカするほど仲がいいって言うよね」
「良くないわ」
「良くねえよ」
ふたりとも、まったく同時に同じリアクション。
あたしは思わず吹き出して笑ってしまった。
「もう…」
「しょうがねえな…」
ロイもシンシアも、ちょっとバツが悪そうに笑って。
それがまたおんなじで、やっぱり面白い。
エミリオ
「お、なんか楽しそーだな!」
ひょっこりやってきたのはエミリオ。
あたしたちが笑いあってるのを見つけて、興味津々に目を輝かせてる。
「なになに? オレもまぜて!」
「ロイとシンディは仲良しだねって話していたんだ」
「あれ、ウィリアム、あんたは入ってねーの?」
きょとんと聞き返したエミリオに、ウィル先輩はにっこり。
「俺? ああ、俺もだね」
「うっわ、うさんくさっ」
ウィリアム
「ふふ、エミリオ?」
もういちど、にっこり。微笑み攻撃。エミリオは軽く引きつり笑い。
「ふたりとも、仲良し、だな」
「そうね」
仕返しとばかりにロイがにやり。シンシアも小さくうなずいて。
「はは、まいったな。じゃあ、仲良しどうしこれから――」
ウィル先輩がなにかを言いかけたとき。
「待つんだ!」
「いやです!」
大きな声が背中の方から飛んできて。
(な、なに?)
びっくりして振り返ると…。
リヒャルトと瑠佳さんが、全力疾走で追いかけっこをしていた。
石畳の上を、これでもかと蹴って縦横無尽に。
(ど、どうして!?)
事態が飲みこめず、思わずぽかーんとしてしまう。
なのに、ロイもウィル先輩もシンシアも、一瞬軽く目を見開いたあとはただただ静観の構え。
「どうしてみんなそんなに平然としてるの?」
「だって、なあ?」
「ええ」
「ジャン=マリーだからね」
瑠佳さんだから、って、そんな理由で片づくの!?
「やべー、おもしれー!」
エミリオ
予想外の歓声にエミリオを見ると。
わ…、わくわくしてるみたいに目がらんらん。
楽しんでるよ、エミリオ!
さらにあぜんとしたあたしのところへ。
「騒がせてすまない」
アレクセイさんが歩み寄ってきた。
リヒャルトと瑠佳さんに気を取られていて気づかなかったけど、その後ろをついてきてたみたい。
「あれ、リヒャルトを捕まえればいいんだよな?」
「瑠佳はそうしようとしている」
アレクセイさんは肯定も否定もしなかった。
どっちの味方でもないってことなのかな…?
「よっし、じゃ、オレ行ってくる!」
エミリオは自分の都合のいいように解釈したのか、ぱっと駆けだした。
追いかけっこが三人に増える。
「待てー! リヒャルトー!」
リヒャルト
「エミリオ!? なんでお前…!」
「援軍、感謝するよ」
「おまえのためじゃねーよ!」
「あの、アレクセイさん、あれは一体…?」
攻防のやりとりを聞きながら、あたしはつつっとアレクセイさんに近づいて、こっそりたずねた。
「瑠佳がリヒャルトにウェアを作った。リヒャルトはそれをいやがって逃げている」
…な、なるほど。
たしかに、瑠佳さんの手元には黒い布みたいなものがたなびいていて。
よく目をこらすと、だいぶひらひらしてるみたい…。
(…がんばれ、リヒャルト)
無心にも近いような思いで追いかけっこを眺めていると。
リヒャルトの前方にエミリオが回って――。
「つかまえた!」
「うわあっ!」
はさみうちにされたリヒャルトは、ついに捕まってしまった。
「離せ! エミリオー!」
「いーから、黙ってろって!」
わ…、エミリオ、にやにやしながらリヒャルトをはがいじめにしてる…。
「ほら、素敵だろう? 君のための、世界に一着の衣装だよ」
すかさず、瑠佳さんが漆黒のウェアをリヒャルトに当ててみせて。
肩口から胸を通ってウェストまで斜めに渡されたたっぷりのフリル。
垂れこめる闇の幕を描くようにあしらわれた黒のスパンコール。
…うん、リヒャルトが逃げるのもわかるような気がする…。
本物のスケーターなら喜ぶんだろうけど、普通の男の子にはハードルが高いかな。
ロイ
「似合ってるぞ、リヒャルト」
ロイまで…! なんだか、さすがにちょっとかわいそうかも。
「もうその辺で…」
離してあげて、と言おうとしたとき。ぱん、とウィル先輩が小さく手をたたいた。
「さ、ファッション・ショーはそこまでだ。ふたりとも、もう気が済んだだろう?」
瑠佳さんもエミリオも、素直にリヒャルトを解放した。
「その代わりと言ってはなんだけど、これから打ち上げしない?
せっかくこれだけ人数がそろっていることだし」
「行く行く!」
「ああ、かまわない」
「俺もだ」
「僕も」
「私もよ。みんなでクリスマス・パーティをしましょう」
みんなが口々に賛成の言葉を上げる中、リヒャルトだけが仏頂面。
「俺は帰る」
気持ちはわかるけど、せっかくだからやっぱりみんないたほうが楽しいと思うから。
「行こうよ、リヒャルト。ね?」
にこっと笑って肩をたたく。
「…仕方ありませんね」
「よかった!」


それから、あたしたちは、全員そろって校門を出た。
空から、ふわりふわり雪が舞いおりて、冬休みの始まりにわくわくが積もってく。
一足早いけど、みんなでお祝い。

――Happy Merry Christmas!
   


©2009 TECMO KOEI WAVE CO.,LTD. All rights reserved.