ある日の昼下がり。セビリアの港では、いつものようにカモメの鳴き声と船乗りたちの威勢のいい声で溢れていました。おてんとうさまが一番高いところに昇るこの時間、ユミルカとニナの姉妹が、育ての祖父・ホセを港に迎えに来るのも、もちろんいつものことです。
「ねえユミルカ、この前イザベルお姉ちゃんがくれた鉢植えのお花、いつ咲くかな?」
「いつかな〜。ここんとこ雨降らないし、暑くてばてちゃってるのかも? 明日からちょっとお水多くあげてみようか〜」
…なんて、たわいもないおしゃべりをしながら港に向かう姉妹の姿を、街の人はいつも微笑ましく見守っているのでした




「…そうか、ネーデルランドが…。争いや混乱は好まんが、商人としては忙しくなりそうじゃのお…」
姉妹の祖父であるホセは、なかなかの腕利き商人。今日もお得意様との取引を済ませ、セビリアの港へ戻ってきたところです。
ホセが珍しく険しい表情であごのひげをなでています。向かい合う出航所の役人も難しい顔をしています。
「最近、ヴェネツィアからの依頼や、プロヴァンス、フランドル方面行きの仕事が多いと思っておったが…。また明日からヴェネツィアでの仕事の準備に取り掛かるんじゃがのお」
「ええ、東のヴェネツィアも、フランスも、亡命者を受け入れ、航海者の育成と国力の充実に力を入れ始めたようです。先日もイスパニア海軍がネーデルランドの」
「おじいちゃーん!」
遠くから姉妹が駆け寄る姿が目に入り、ホセの表情は一気に緩みました。姉妹は元気に、ホセが差し出した両手へ飛び込みます。
「おかえりなさい!」
「今日は早かったね。…なんかむずかしいお話してた?」
「いや、なんでもないんじゃよ。それより二人とも。わしは明日からヴェネツィアでの仕事に取り掛からなければならん。今日はいっぱい遊んであげられるから、早く帰ってきたんじゃよ」
ヴェネツィア、という名前を聞いて、姉妹の顔が明るくなりました。
「ヴェネツィア行くの!? わーい、あたしたちも行く〜!」
「ヴェネツィアは今『お祭りさわぎ』なんでしょう? どんなお祭りやってるの〜? 行きたい〜。ね、いいでしょう?」
どこで聞いたのか、姉妹はすでに「ヴェネツィアが賑わっている」情報をつかんでいたようです。…なにか勘違いしているようですが。
「いや、お祭りではないんじゃが…」
「お祭りならお父さんが来てるかもしれないね、ニナ」
「そうだね〜。お父さんお祭り大好きだったもんね! お祭りさわぎにつられて、遊びにきてるかも〜!」
姉妹がセビリアにやってきた本来の目的「生き別れの父親探し」を出されると弱いホセは、結局姉妹に押し切られてしまうのでした。

 

その晩のこと。
夜も更け、小鳥もカエルも寝静まった深夜、姉妹はなかなか眠れませんでした。
「おじいちゃんに嘘ついちゃったね」
「でもさ、おじいちゃんがおひげなでなでしてこわい顔してるときって、困ったり悩んだりしてるときでしょう? そんなときくらい近くにいてあげたいよね」
「…お祭り、やってるかなぁ」
「やってなかったら、あたしたちがお祭りにすればいいんじゃない?」
「さわいでたら、本当にお父さん来たりして!」
「あははは!」
「あはははは!」
そう無邪気に笑う姉妹を眺めて、お月様が半分だけ顔を出して、ニッ、と笑っていたのでした…。