
広い大地に、2つの足音が響く。
「なにもないな」
憮然とした様子のシュリに、ヴァージルは笑顔で答える。
「ええ。走り甲斐がありそうです。競争しますか?」
斜め上の質問に、シュリはため息をついた。
「するわけないだろう。なんのために来たと思ってる」
「『試験で使う大陸に問題がないかを調べる』ためですよ。
どうせ調査するなら、さっさと終わらせたほうがいいでしょう」
「チッ……」
シュリの舌打ちを気にも留めず、ヴァージルはあたりを見渡した。
「まあ、ここはずっと、王立研究院が観測していた場所ですし、基本的には問題ないはずです」
ヴァージルの声をよそに、シュリは女王試験について一人、考え始めた。
守護聖の持つサクリアを適切に扱えるか、王立研究院や守護聖と協力できるか、
助けを求める人々の声に応えられるか。
必要とあらば自らの強い意志で判断を下すことが出来るか―――女王には、いくつもの能力、素養が求められる。
それを見定めるため、女王候補たちは「大陸」を育てる試験を行う。
いずれ宇宙という、とてつもなく広い空間を統べる『女王』となるに相応しいかどうかを、測られるのだ。
時間のかかる話だ。今、この瞬間、宇宙がかつてないほど不安定になっているというのに、
競い合いの試験など必要なものだろうか? 2人の女王候補と面談をして、やる気のある方を選べば済む話だ。
そう思ったシュリは、思わず口に出してしまう。
「女王試験なんて、やる必要があるのか」
彼の視線は、目先の野原に向けられていたが、本当のところは、もっと先を――ここではないどこかを見つめているようだった。
ヴァージルは笑みを浮かべながら答える。
「どうでしょう? 俺にはわかりません。ただ、「必要」だそうです」
さほど歴史のない宇宙ではあるが、守護聖を務める中で、2人はいろいろなものを見てきた。発展と衰退。安定と崩壊。
しかし今よりほんの少し前、聖地を襲った混乱は、令梟の宇宙の歴史の中で最大規模の「危機」だった。
そのときの影響はまだ、辺境の惑星に色濃く残っている。
「そうか。―――ならば俺も、やるしかない」
シュリがつぶやく。人の居ない大陸に、乾いた風が吹き抜けていく。
「タイラーとサイラスの協力で、飛空都市やこの場所も準備が整ってきました。あとは――」
ヴァージルの言葉を引き取るように、シュリは、目下の不安因子を口にした。
「『水』か」
「はい」
「……次の『水』は、目途が立ったと聞いた」
「ええ。特に強いサクリアを持つ人間が、タイラーと同じ惑星にいるそうです」
「バースか。これまで聞いたことのない惑星だが、守護聖信仰がない場所だと言ってなかったか?」
「そうなんです。連れてくるのは大変でしょうね。『守護聖様に選ばれました』は通じないし、
俺たちがいた場所のように、いつ人が消えてもおかしくないというわけでもない。どうするのかな」
「………………」
「守護聖は、選ばれたら最後、断る選択肢はありません。新しい『水』が、すぐに納得してくれるといいですが」
「その場合は、無理やり連れてくるしかないだろう」
「俺は嫌だな……シュリ、頑張ってください」
「クソが。面倒なことからスルスル逃げやがって」
ヴァージルが笑う。
「まあ、しかしなにを待ってるんでしょうね。今すぐ連れてこないのは、疑問です」
「今の『水』の状態を見て、引き剥がしの時期を測っているようだ。最も影響が少ない瞬間を探すと」
「なるほど」
空高いところで、鳥がピーヒョロロと長く鳴いた。食べ物を探しているのだろう。
「そういえば……女王候補もバースにいるんでしたっけ」
「興味があるのか?」
「いえ、別に。あなたと同じです」
「……そうか」
そして2人はしばらく、目の前に広がる草原を見つめた。
「そろそろ、帰りましょうか」
先に口を開いたのは、ヴァージルだった。
シュリは頷き、元来た道を辿る。ふと立ち止まり、シュリは空を見上げた。
青い空。――――故郷のオウルに続く、同じ宇宙の――――
「シュリ、置いていきますよ」
ヴァージルの声を聞き、シュリは無言で頷く。
女王試験がどうなるかはわからない。だが自分は、守護聖として力を尽くそう。彼らのために。
……なにもない大陸。
この地をどう育てるかは、あなた次第。
皆が、5月20日を――――あなたの到着を、待っています。