
「コーディアルと、レモネードと、オレンジスカッシュをお願いします」
ゼノがメニューを見ながら注文をすると、店員は「かしこまりました」と笑顔で去っていった。
「歩いたら疲れた……」
「ノア……来たばかりなのに、もう? 早すぎだろ」
フェリクスはノアの体力のなさに驚きながらも、ゼノに「注文ありがとう」と礼を言った。
3人がいるのは、飛空都市内にあるカフェテラス。今回の女王試験のために新設された施設のひとつだ。
試験に向けて着々と準備が進む中、3人はユエに「使い勝手に問題がないか見てこい」と視察を言い渡されていた。
「それにしても、すごい品揃えだな」
メニューを見ながら感心した様子のフェリクスに、ノアが答える。
「僕たちの好きなものや、いろんな惑星で人気のメニューを揃えたんだって」
カフェテラスは、飛空都市にいるすべての人間が使用できる場所というだけあって、様々なメニューが揃えられていた。
「あくまでもシェフが用意できる範囲のもの、らしいですけど…食べたことないものもたくさんあるし、俺、楽しみです!」
ゼノが笑顔で言う。
ゼノの笑顔につられるように、ノアは「カステラ……あるといいな」と小さくつぶやく。
「お待たせしました、お飲み物になります」
そう話しているうちに、涼やかなグラスに入った飲み物が出てくる。
「メニューですが、現在試作中のものもあります。デザートは、これから種類が増えますのでご期待ください」
先ほどの話が聞こえたらしい店員が、ノアに告げる。ノアは小さく微笑み、「ありがとう」と返事をした。
3人はグラスを手に持ち、喉を潤した。
「メニューは種類もクオリティも申し分なし、店員の対応も良い。
特に問題はないと思うけど、二人からなにかある?」
「ええっと……ひとつ、できたらなんですけど」
フェリクスの質問に、おずおずと手を上げたのはゼノだ。「なに?」とフェリクスは、ゼノの言葉を促す。
「料理の大盛りとか、できたらいいなーなんて……」
恥ずかしそうに言うゼノに、フェリクスは思わず口元を緩めた。
「わかった。書いておこう」
「あっ、俺だけのためじゃないですよ!? 今後、どんな人が来るかわからないし――」
焦ってそう言うゼノに、フェリクスは片眉を上げた。
「それは、『水』のこと?」
「え? あ、はい……そうです」
令梟の水の守護聖は、ここのところ姿を見せていない。
「その時」が――交代の時が――近い、ということを、少なからず皆思っていた。
守護聖は、『サクリア』が強い者の中から選定される。宇宙意思が「これぞ」という人物を選び取るのだ。
しかしそのサクリアは永続的なものではなく、力が尽きれば次の守護聖が選ばれる。
どれほどサクリアが保つかは目安がない。なくなったら、交代する……それを続けることで、宇宙は安定を保っていた。
「あの状況だと、次の『水』に引き継ぎすることはできないかもしれないな」
「……そうだね。もう……限界っぽい。ここまでの状況は初めてかも」
「そりゃ、そうだろ。でも、宇宙意思の声も聞けないし、どうしようもない」
冷たく言い捨てるフェリクスに対し、ゼノは声を振り絞って言った。
「あのっ、俺! 頑張ります。王立研究院とも協力しようってタイラーとも話してますし」
「ああ……タイラーとサイラスは、もうここに住み始めたんだっけ。あの二人で、毎日どんなこと、してるんだろ…」
ノアの言葉に、ゼノは微笑む。
「飲み終わったら、王立研究院に行ってみませんか? あと、ついでに飛空都市を見て回りましょう。
改善した方がいいところを考えられますし、ただ散歩をするのも楽しそうです!」
「いいな。試験中過ごすことになる場所だし、細かく見ておこう」
ようやく微笑んだフェリクスに力をもらったかのように、ゼノはノアに問う。
「ノア様も、ご一緒にいかがですか?」
「……いいよ。ちゃんと見とかないと、ユエに後でしつこく聞かれそうだし」
「良かったー! じゃあ、その前になにか食べましょう」
ゼノの努力で、その場の空気が柔らかくほぐれる。
フェリクスはふと、それまであまり気にしていなかった優しい陽の光を感じた。周りを見渡す。
美しい空、心地よいそよ風。そうか、ここが飛空都市―――自分たちがしばらく暮らすことになる新天地か。
「うそ、ご飯食べちゃうんだ……。ゼノ、来る前に聖地で食べてたよね……?」
「なんですけど、もうお腹すいちゃって」
ノアとゼノの明るい声がする。フェリクスはコーディアルを一口飲み、話に参加することにした。
「カフェテラスに大盛りは必須だな。女王候補だって、よく食べるタイプかもしれない」
「あ、それ、あるかもですね。アハハ」
ゼノが手にしたオレンジスカッシュが、キラキラときらめく。
女王試験開始まで、バースの時間であと3ヶ月。
あなたを迎えるべく、飛空都市の調整は続きます。