
女王試験中の飛空都市。
人々のにぎやかな声や、穏やかな天気があたりを包む中、フェリクスの表情は硬かった。
(僕は……いつまでここにいられるんだろうか)
フェリクスが小さくため息をついた時。
「フェリクス」と、彼を呼ぶ明るい声がした。
声をかけてきたのは、ミラン。
同じ令梟の宇宙の守護聖で、フェリクスとは守護聖になってからの期間がほぼ同じ、いわば同期のような存在だ。
「ミラン。何か用?」
「用なんてないけど、な~んか落ち込んでる空気出してたから。なにしてるの? 散歩?」
「……そんなところ」
ミランの問いに短く答えると、小さな滝に目を向ける。ミランも滝を見て、なにかを思い出すように目を細めた。
「森の湖、良い場所だよね~。彼女と来た時も、楽しかったなぁ」
飛空都市内は、誰でも自由に行き来をすることが出来る。
守護聖も同様で、執務室 だけでなく、森の湖などに行くこともある。
心身を癒やすため……そして、女王候補との『デート』のため。
守護聖から誘うか、女王候補から誘うか……
機会は様々だが、双方の合意をもって実施される交流のことを、わかりやすく『デート』と呼ぶときがある。
森の湖以外にも、カフェテラス や女王候補の部屋、公園、女王試験で使われる大陸など、様々な場所で『デート』は行われる。
執務室で仕事を受けたり、王立研究院で大陸の状況を確認したりするのとは違う雰囲気に、正直、最初は戸惑いを感じた。
遊んでいる場合なのだろうか……と。
フェリクス以外の一部の守護聖も同様に感じていた様子だったが、
女王候補と親睦を深めることも試験に必要と気づいてからは、そういう抵抗も減った。
今や、守護聖の多くが、ミランのようにデートを楽しんでいる。
ミランが話を続ける。
「この場所もいいけど、奥の花畑で話すと、もっと特別な感じがするよね!」
森の湖デート、と一口に言っても、守護聖と訪れた回数や関係性によっては、
森の湖のさらに奥――花畑や、高台に行くことがある。
『以前』は違う場所にあった花畑や高台は、『今』、森の湖に設置されているのだ。
なお、場所が変われば自然と、話す内容も変化する。それもまた、森の湖デートの楽しみの一つだった。
「綺麗な景色を見ながら話をするのは、僕も嫌いじゃない」
そう言うフェリクスに、うんうん、とミランは笑って頷く。
「あの『虹』は、もう見せてあげた?」
幼い頃に守護聖になったミランとフェリクスは、人生の半分以上を守護聖として共に過ごしている。
だからか、多くを語らなくても、相手が何を言いたいかはわかった。
「いや。別に、そこまでじゃない。今は」
「フフ、そっかぁ。最近は、どんなデートをした?」
ミランの問いかけに、フェリクスは、女王候補との時間を思い返す。
彼女の部屋で、料理をしたときのこと。
公園で、女王試験の状況を問う『青空面談 』と、そのあとの『チャット 』。
大陸視察 で、夜の遊園地を二人で巡ったときのこと……。
女王試験が始まってから、彼女と様々な時間を過ごしていることに気付き、フェリクスは驚く。
(全部、女王試験に必要なことだからだ)
そう心のなかで言い訳するフェリクスの心情を、ミランは聡く理解したようだった。
笑いながら、からかってくる。
「ええーっ!? フェリクス、あの子とそんなことしてるの?」
ミランの大きな声が、森の湖に響く。
「ミラン、声が大きい」
フェリクスの言葉は鋭いが、口調に怒気はない。
幼馴染の変化を喜びつつ、ミランの胸にある「恋」への思いが募って行く。