【三国志コラム】第一回 始まりの地・荊州

  カテゴリー:3.三国志コラム

本日よりスタートする「三国志コラム」では、皆様がこれから住まう

世界にまつわる背景やエピソードを紹介していきます!

 

第一回となる本日は、皆様のスタート地点・荊州水鏡村をご案内。

まず始めに荊州の場所を確認しましょう。荊州は中国大陸のほぼ中央に位置します。

魏・呉・蜀の三国に挟まれた、緩衝地帯ともいえる地理関係です。

では、なぜこの地が“はじまりの地”として選ばれたのでしょうか?

この荊州という土地は、戦乱続く三国時代にあって、極めて戦乱の少ない平和な時期が続きました。

ほどなくして、戦火を逃れてきた各地の名士、文人たちが移り住んでくるようになります。

やがてこの地には、「荊州学」と呼ばれる学問が花開くほど、

文化的に成熟し、学術都市の様相を呈していきました。

そのなかでも、政治からは一定の距離を置き、豪族や派閥のようなグループを作らず、

個人的な交友関係を中心として活動する学士たちが出てきます。その中心地がこの荊州の襄陽でした。

その人脈は、今日では便宜上「襄陽グループ」とか「襄陽サロン」などと呼ばれています。

そして、その指導的立場にあったのが水鏡先生こと司馬徽でした。

ゲーム開始時に荊州水鏡村で冒険の手ほどきを授けてくれる、あの水鏡先生です!

水鏡先生.jpg
襄陽サロンのメンバーたちは、混迷した中央政権を避け、

権力を私有化する地方為政者と距離を置いていたため、

健全な批判精神を養っていました。彼らは、どの勢力に仕えるか、

あくまで自身の判断に基づいて決めたのが特徴といえるでしょう。

「伏龍・鳳雛」と称された諸葛亮と龐統(ほうとう)は劉備(蜀)に、のちに征東将軍となった孟建は

曹操(魏)、諸葛亮の兄・諸葛謹は孫権(呉)に仕えました。

地縁や血縁ではなく、真に己の実力を評価してくれる勢力を求めていったのです。

 

新たに『三國志』ワールドに降り立つプレイヤーのアナタにとって、

これほど“はじまりの地”に適した場所はないでしょう。この雌伏の地で力を養い、

やがて天下国家へと旅立っていくことを願ってやみません。

 

最後に蛇足を。

この荊州は、三国時代ののちも、文化的・学術的な都市として栄えました。

ところが、唐代の科挙試験(国家公務員の上級試験)で合格者を出せない時期が続きました。

そのため「天荒」(未開の地)と称されましたが、やがて劉蛻(りゅうぜい)という人物が科挙試験に合格し、

いやなジンクスを吹き飛ばしました。そのため人びとは劉蛻のことを

「破天荒(天荒を打破した)」と呼んだのです。

これが「破天荒(前人のなしえなかったことを初めてすること)」という言葉の語源です。

 

プレイヤーの皆様の、“破天荒な”活躍を期待しております!

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