部屋の中には品の良さそうな老紳士と…どう見てもフツーのおじいさんがいた。
あたしの姿を認めると、ふたりともフレームに繊細な細工がほどこされた皮張りのソファから立ち上がる。
聞きまちがい? なんか今、変な単語が聞こえた。
なんのためらいもなく、リヒャルトは席をはずしてしまった。
こんな瞬間まで鉄面皮で、美しい一礼を残して。
ごくごくフツーの…いや、フツーよりちょっと小柄で、白髪土星アタマの、自称“世界一の大富豪”が、それは大仰に“うむ”とかぶりを縦に振った。
生まれてこの方16年、いたって平凡な庶民暮らしをしてきたわけで、大富豪なんてまったく縁もゆかりもない。
たってのお望みと言われても、まったく心当たりがない。
ふふん、とおじいさんは得意げに笑った。すう、と息を吸い込む。
えええええ!?
ちょ、ちょっと待って。
あたし、お父さんからもお母さんからも、おじいちゃんはとうの昔に亡くなったって聞いてたんだけど…。
おじいさんはとうとうと語りだした。それはもう延々と。
その長―い話をまとめると、こう。
このおじいさんはあたしのお父さんのお父さん。
おじいさんの意に反して、お父さんはお母さんと駆け落ちしちゃって、それ以来勘当状態だったとか。
だから、亡くなったことにされたらしい。
にわかには信じられないけど、そういえばうまいことはぐらかされていた気がする…
思い当たるフシは…
ある! あるよ!
でもだからって…ええええ!?
信じ切れないでいたあたしに、おじいさんはなにか書類らしきものを突きつけてきた。
いかにも、と自信満々にうなずかれる。
目を皿のようにして見比べてみても、残念なことにまちがいない。
展開はぶっ飛んでるのに、どうしてこんなとこばっかり現実的なの!
おじいちゃんは仕切りなおし、という感じであたしのほうに向き直った。
どこがジジらしいことで、どこが“かわゆうて仕方ない”のか。
若干引き気味に言葉を返すと、おじいちゃんは待ってましたとばかりにうきうきで続ける。
脇に置いてあった書類ケースを得意げに掲げて。
謎のワードを高らかに宣言しながら、中のものをばん! とテーブルに勢いよく取り出す。
それは、特大サイズに引き伸ばされた写真。あたしと同い年くらいの男の子が写ってる。
そして、あっけにとられっぱなしのあたしを置き去りに、いそいそと紹介を始める。