日中(ひのうち)



その日は、一つ学年が上の先輩の誕生日だったので、詩紋は朝から早起きをして、花見の弁当作りにいそしんでいた。

先輩たちは、明日、高校に進学する。
春休み最後の日だし、お誕生日だし、お花見に行こう。
そう言い出したのは、もう一人の先輩のほうだった。
3人で互いの誕生日を祝うようになってから、2年が経っていた。

(そういえば、天真先輩、最初は「誕生日なんて祝ってどうするんだ」なんて言ってたなあ)

卵焼きを作りながら、詩紋はくすりと笑う。
それでも、最後は詩紋とあかねの――それはもう一人の、花見をしようと言い出した先輩のことだ――主張に応じ、つきあってくれるのだ。

それが天真の優しさだということを、詩紋は知っている。
――と、思う。

一言余分につけくわえて、詩紋はちょっとため息をついた。
余分な一言。それは自分でもわかっていたが、どうしてもこのくせが直らないのだった。
そんな自分が、詩紋はあまり好きではなかった。
おどおどと人目を気にしているようで、あまりいいくせとは言えなかったからだ。

(ずいぶん、直ったつもりだったんだけどな)

器用に菜箸で卵を丸めながら、詩紋は少しうつむいて、表情を曇らせる。
思いなおすようにぷるぷると頭をふると、自分の前髪が視界にはいった。
金色の巻き毛。
その祖父ゆずりの髪を、詩紋は複雑な思いで見る。
きらいではない。
でも、小さかった頃ほど好きにもなれない。

できた卵焼きを皿にとろうと食器棚に手を伸ばして、そのガラス戸に映った自分の姿に、また表情が曇ってしまう。
金色の髪、青い瞳。
どこから見ても西洋人の外見だ。
まだ、少し心が痛むのだ。自分が両親のような黒髪に黒い瞳ではないことに。

隔世遺伝、という言葉を、詩紋は知っていた。
詩紋の母方の祖父は、詩紋のような金色の巻き毛と青い瞳を持っていた。
ハーフである母親はその遺伝を受け継がず、孫である詩紋にひょっこりと現れた、その色。
家族で一人だけ、詩紋は祖父の血を色濃く受け継いだのだった。
小さな頃はそんなこと、気にしたこともなかった。

だが、何年か前までは、この髪と瞳が、いやでいやで仕方がなかった。

食器棚から皿を出し、卵をのせる。
から揚げを作ろうと準備をはじめながら、詩紋はあかねと天真の言葉を思い出すように務めた。

『あのね、私、お菓子を作りたいんだけど、一人でやると失敗しちゃうのよ。よかったら教えてくれる?』

『ちっちぇえな、お前。食うもん食って、でかくなれよ。とりあえず、缶コーヒーをおごってやるから』

それまでたった一人孤立していた詩紋に、ごく普通に声をかけてきた二人に。
詩紋はとても感謝していた。
二人にとっては何気ない言葉だったかもしれないが、その言葉が詩紋をどれだけ勇気づけたか――そして、どれだけ今でも勇気づけてくれているか、きっと二人はわからないだろう。

それでいいや、と詩紋は思う。
二人がわからなくても、自分にはわかるから。
そして、思い出すたびに「頑張ろう」と思えるから。
まだ、つらいことを思い出したりもするけれど――

ぴり、と右手の甲に裂けるような痛みを感じ、詩紋は持っていた油の入れ物をあわてて台の上に置いた。
今までに感じたことのないような痛みだった。
触れてみても、特に異変はない。
見た目にも、何かが変わった様子はない。
不審に思いながら、しばらく詩紋は手の甲を見つめていた。

そのとき今の時計が11時を告げる音が聞こえ、はっと詩紋は我に返った。
約束は、11時半だったのだ。
あわててから揚げを作り始めた詩紋だったが、右手の甲の痛みが気になり、何度もそこに視線をやった。
何もできていないことはわかっているのに、そこに何かがあるように感じるのだ。

弁当を作り終え、待ち合わせ場所に向かいながらも、左手で右手の甲をさすりながら歩いていたが、すでに天真が来ているのに気づくと、詩紋は大きく手を振った。
そして、天真の元へ走り出しながら、手の甲に触れるのをやめた。
説明できないことを質問されても、答えようがないからだった。

[終]

 
 

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