明放(あけはなれ)



明け方、冷や汗をかいて目を覚ます。
いやな夢を見たのを覚えているが、夢の内容はわからない。
苦しげに一声うめいてから、天真はベッドから跳ね起きた。

装飾のほとんどない殺風景な天真の自室は、朝の青い空気で満たされていた。
時計を見て、カレンダーを見る。

5時27分、4月2日。
途端に夢の内容を思い出し、天真は不愉快そうに顔をしかめた。

今日は、天真の誕生日だった。
17歳という年齢が、大人なのかそうではないのか、正直に言うと天真にはよくわからない。
だが、日々がすぎ、誕生日が廻るたびに、虚脱感にみまわれてしまう。

まだ、何もしていないのに。
失われたものが戻らないまま、日々は容赦なく天真を駆り立てていく。
やるせない焦燥感にさいなまれ、天真は窓のそばに歩いていくと、乱暴にカーテンを開けた。

腹が立つほどいい天気になりそうな、雲一つない空。
小さく舌打ちをし、胃のむかつきをおさえようとしながら室内に振り返ると、壁にかかった真新しい制服が目にはいった。

それは、新しい高校の制服だった。
そういえば明日は入学式だったな、などと思いながら、制服をにらみつける。
中学までのブレザーとはまったく形の違う、新緑の学生服。
もう、中学生だった自分はいないのだ。

(一年余分にすごした中学時代とも、おさらばか…)

卒業式のときにはたいして感じなかったことが、いまさらながらに去来する。
高校生活に期待などしていなかったし、新しい自分になるなどとも考えたこともない。
ただそういう事実――高校という現実――が目の前にあるだけのことだ。

それから天真は、小さく笑った。
同じ高校へ行く、同級生と、後輩の会話を思い出したのだ。

『新しいことがはじまるのは、好きだな。わくわくするもの』
『ボクも早く高校生になりたいなあ』
『楽しいことが続くのも好き。詩紋くんは、中学時代をもうちょっと楽しめるじゃない』

楽しんでばかりだな、と天真はそのとき彼女をからかったが、彼女は悪びれもせずうなずき、後輩はそれに同意する。
二人にとって、きっと生きていることは楽しいことなのだろう。

それはそれで、悪くない、と思う。
自分もそうなれたらいいとは、思えないが……。

ぴり、と左腕に裂けるような痛みを感じ、天真は顔をしかめた。
今までに感じたことのないような痛みだった。
触れてみても、特に異変はない。
すぐに痛みは引いたが、天真は顔をしかめたままだった。
その不審な痛みが、何かの予兆であるかのように。

そして、ふと今日の約束を思い出し、意識の外に痛みのことをおいやった。
今日は天真の誕生日だ。
同級生のあかねと後輩の詩紋に、遊びに行こうと誘われていたのだ。
誕生日を祝う習慣も、祝いたい気持ちも、天真にはない。
だが、それで二人の気が済むのなら、花見くらいつきあってやってもいい。
そのていどのことだ。

浴室に向かおうと自室を出かける直前に、天真はもう一度だけ左の上腕部にさわってみた。
だが、特に異変はなく、それきり天真の注意は、腕の痛みからはなれてしまった。

[終]

 
 

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