『バースにて ―予兆―』

春。出会いと別れの季節とも言われるこの時期には、良いこと、悪いことを含め様々な変化が起きる。
『辺境の惑星』のひとつである『バース』に暮らすカナタにも、ある『変化』が訪れていた。


最初の変化は、3月の終わりに起きた。

深夜、カナタは、飛び起きるように目を覚ました。身体が燃えているのではないかと思うほどの熱。
心臓は早鐘のごとく鳴り響いているが、その割に汗をかいていないことが気になる。
去年から蔓延しているウイルスのせいかと恐れ、ふらつく身体でリビングに降り体温を測ったが、何度測っても表示されるのは正常値だ。
脈拍数も65程度と、異常は感じられない。時計を見るとまだ2時半――家族を起こしていいものかためらう。
そのうち、ふと身体が軽くなる気がして、一気に熱が引いた。
それと同時に、強烈な眠気に襲われる。よろよろとベッドに戻り、カナタは気を失うように眠ってしまった。

翌日になると、昨夜の出来事が夢だったかのように平常に戻っていた。
体温計を家族に使ってもらっても異常はない。自分の体温を測る―――『36.6』。何も問題はない。

母親に報告すると、「受験のストレスかしら。
小さい頃も、疲れたりストレス溜まったりすると、ポンと熱出したりしてたよ」と笑われた。
そんなんじゃない、とカナタは否定したが、母親は「この時期は皆そうだよ。大丈夫」などと言う。カナタは不満だった。

(母さんが言いたいこともわかるけど……オレ、そんなふうに見える?)

今年は、自分の人生の中でも、特に大事な1年だ。確かに、受験がストレスになって体調に影響することはあり得る。

けれどカナタは、それが原因だとは思えなかった。何か、よくわからないことが起きている。
直感的にそう思うが、証拠はないし、ゲームのしすぎだと言われそうなので―――そしてカナタ自身も、
口にすることで嫌な予感が現実のものになりそうで――――
それ以来、家族に体調の話をするのはやめた。
SNSで状況を知った親友の海斗だけは心配して連絡をくれたが、もし感染症だったらと思うと、会うことはできない。
幸い、今は春休みだ。カナタは、部屋にこもってゲームをしたり、漫画を読んで過ごすことにした。
それが良かったのか、そのうち体調は完全にもとに戻った。
海斗にチャットアプリで報告すると、「だったら、遊びに行こうよ。海だったら、人もいないんじゃない?」と提案してくれた。

始業式を翌日に控えた、4月6日。カナタは海斗と、何度か訪れたことのある湘南の海を見にやって来た。友達数人と遊びに来たこともある、思い出の海だ。
2日続いた雨の影響か、先週とは打って変わって気温が下がり、風が冷たい。
とても中に入ることはできそうにないため、カナタと海斗は砂浜に座って、コンビニで買った肉まんを食べた。温かい。

「俺たちも、明日から高3かぁ~」

「この間、中学に入学して、海斗と友達になったばっかな気、するのにね」

「わかる! 俺もそれ思ってた!」

中高一貫の私立男子校に入ってすぐ、海斗と友達になった。
好きなゲームや映画、漫画の好みが似ていたので、一緒に遊ぶことが多く、こういう状況になる前は学校帰りにカラオケをしたり、ファミレスで遊んだりした。
最近は、オンライン上で勉強したり、ネットゲームで遊ぶことが中心になっているが、海斗はずっと、カナタの気持ちをわかってくれる親友だ。

「1年後、なにしてるんだろうね。オレたち」

海を見ながら、カナタはつぶやく。まだ何も見つけていない自分。
なんとなく理系かな、程度の気持ちしかないが、ここからの1年を乗り越え、受験に対峙しなくてはならない。
友人の中には、将来の夢を明確に描いている者もいたが、カナタと海斗はまだそれを見つけられていなかった。

海斗は「なんだろうね」と言いながら、「わかんないけど、お互い頑張ろう。カナタ」と返す。

ふと、大きな影が目の前を横切った。

「わあ! カナタ、俺の肉まん、持っていかれた! またあいつ!!」

見ると、びっくりするほど大きなトンビが、少し離れたところで海斗の肉まんを貪っている。カナタは笑った。涙が出るほど笑った。

笑いながら見た海はキラキラと輝き、冬の名残を残した透明な空が、どこまでも遠く続いていた。


カナタの体調は、その後、悪くなったり良くなったりを繰り返した。

それに加えて、誰かに付けられているような感覚。

これについては、海斗にも笑われてしまった。そりゃそうだろう。逆だったら、自分だって笑う。
なんでもない高校生の自分を狙う理由なんて、どこにもないのだから。

気にしすぎなのかもしれない。

やっぱり、本当に、受験前のストレスなのかも。

そう、思うことにした。



バースで生きる青年が、次代の『水』の守護聖として飛空都市に呼ばれるまで――――あと、少し。