大陸からの緊急要請 対応を終えたシュリとロレンツォは、飛空都市に戻ってきた。
「報告はお前が行けば十分だろう。俺は先に戻る」
出口に向かうシュリを、ロレンツォが呼び留める。
「君にも報告責任はあるよ、シュリ。私は君の行動全てを把握しているわけじゃない。
私を信頼してくれるのは嬉しいことだが」
シュリは足を止め、ロレンツォに鋭い視線を向けた。
「『信頼』だと? お前を?」
「異論があるなら、二人で行くとしよう」
ロレンツォの言葉に、「乗せられた」と気付き、シュリは大きく舌打ちをした。
コツ、コツ……と2つの足音が響く中で、シュリが口を開く。
「……女王試験 に、意味はあるのか」
それは、ロレンツォに向けた言葉ではなく、抑えきれない気持ちを吐露したものだった。
ロレンツォが答える。
「少なくとも、変化はしているよ。良い方向に……かどうかはわからないけど」
「お前は、女王試験の成功など願っちゃいないからな。
どうせ、どうなるかを見てみたいだけだろう。――だが、俺にとっては違う」
「ぶれないね。さすがは、『強さ』を与える守護聖だ」
「馬鹿にしてるのか?」
シュリの刺すような視線も、鋭い物言いも、ロレンツォが気にする様子はない。
シュリとロレンツォは、惑星「オウル」の出身で、守護聖 になる前からの知り合いだ。
本来異なる時間の流れを持つ聖地と外界だが、女王の采配いかんで、その時間差がなくなることがある。
2人が守護聖になったのは、まさにその時期。
シュリが守護聖になった翌年、ロレンツォが聖地に現れ、再会を果たすことになったのだ。
シュリはロレンツォという男の気質を、嫌というほど理解している。
だからこそ、シュリは苛立っていた。
自分の好奇心のためなら、「知りたい」という欲を満たすためなら、どんな手段も択ばない、ロレンツォという男に。
苛立ちついでとばかりに、シュリは言葉を続けた。
「……女王試験は、時間がかかりすぎる。
今日だって緊急要請に応えたせいで、一日が潰れた」
シュリの苛立ちをなだめるように、ロレンツォが答える。
「緊急要請は、女王候補――大陸を創造する女神に、大陸の民が直接助けを求める行為だ。
それに応じるのは我々守護聖の責務。
どうせ大陸で数日過ごしても、飛空都市 では、数時間しか経っていないのだから、そう焦る必要もない」
今回の試験においては、育成地である大陸について「だけ」、ここ、飛空都市と時間の流れが異なっている。
「そんなことはわかっている。
だが、女王試験が始まってから、以前より時間が取れなくなった。宇宙の様子を見ることができない」
「他の守護聖が見ているよ。宇宙は、君一人が背負うものじゃない」
「他の奴らなど信用できるか。どいつもこいつも覚悟が足りない。
まあ、一番信用できないのはお前だがな、ロレンツォ」
心外だ、とばかりに、ロレンツォは片眉を上げる。
「傷付くね」
「心にも無いことを」
「フフ……」
シュリの言葉に微笑みを返すロレンツォ。
二人は、王立研究院の中央にある、大きなパネルに目を留めた。
この宇宙の全てを観測する画面。
シュリの目は、ある一点に注がれていた。
(俺は…俺のやるべきことを、するだけだ)
ロレンツォがパネルを見ながら、「シュリ」と声をかける。
「我々の意識の違いはさておき、女王試験は今やるべきことの最優先事項だ。
君にとっても、目的を果たす最短の近道になるだろう」
「…………」
シュリの気持ちを見透かすような言葉。
画面から目をそらすことなく、シュリは「……分かっている」と小さく返す。
ロレンツォは、シュリを横目で見ながら、緊急要請の報告をしようと、王立研究員のイアンに声をかけた。